「逃げの転職」だと思っていたけど。キャリア相談をして年収200万円ダウンの内定を選んだ理由

※本記事にはプロモーション(広告)が含まれます。

〜適応障害から復帰した30代男性が「安心して働ける場所」を見つけた話〜

「キャリアダウンになる、逃げの転職…」

そう思いながら、求人サイトを開いては閉じる日々が続いていませんか?

転職したい気持ちはある。

でも、休職している自分には、
・もう「ちゃんとした転職」はできない。
・年収も下がるし、家族にも申し訳ない。

その不安・大変さを、今回ご紹介するSさん(30代男性)は、痛いほどわかっています。

不動産会社で適応障害になり、休職。
転職活動を始めても、応募した数はおよそ180社。一次面接に進めたのは13社ほどで、その先も見送りが続く日々。
そんな彼が3ヶ月のチャット相談を経て掴んだのは、「年収200万円以上ダウン」しても選んだ内定先でした。

なぜ、彼はその会社を選んだのか。なぜ、それが「正しい選択」だったと言えるのか。
決して順風満帆ではなかったこの3ヶ月に、Sさんを支えた「5つの気づき」があります。

  • 「自責思考」から抜け出すまでの道のり
  • 「強み」が無いと思っていた自分への気づき
  • 「逃げの転職」じゃなかったと言える理由
  • 年収ダウンを家族にどう伝えたか
  • 「選ばれる側」から「選ぶ側」へのマインドシフト

「自分だけじゃなかった」
読み終えたとき、そう感じてもらえたら嬉しいです。👺✨

目次

🤝 Sさんのプロフィール

  • 年齢:30代男性
  • 職種:人材開発(人事領域)
  • 経歴:人材派遣営業(3年) → 人材会社の人財開発(5年半) → 不動産会社の人財開発(1年5ヶ月)
  • 現状:適応障害により休職中
  • 転職活動期間:約3ヶ月
  • 応募数:約180社
  • 内定先:IT・通信業界の中堅企業(人材開発職)
  • 入社予定:休職満了後すぐ

第1章:「逃げの転職」だと思っていた、休職中の不安

Sさんが転職活動を始めたのは、休職中のことでした。
心と体を休めるための時間のはずなのに、頭の中は「早く次を見つけなければ」という焦りでいっぱいだったといいます。

そして、その焦りの底にあったのは、自分を責める気持ちでした。

適応障害になった原因が全て自分にあると思い、転職してもまた同じ状態になってしまうのではないかと不安でした。キャリアダウンになってしまう「逃げの転職」と思ったことが、一番つらかったです。

休職中という状況は、転職市場では不利に働くこともあります。
Sさんも、早く決めたい一心で動いていました。

早く新しい職場を見つけたいという想いが強かったため、見送りが続いたときは焦りがとても増していました。

書類選考で落ち、ようやく面接に進めても見送り。

それが何度も続くと、「自分はどこにも必要とされていないのでは」という気持ちにもなっていきます。今の会社の評価よりも、市場で見た自分の価値は低いのかもしれない。

そんな現実も、休職中のSさんに重くのしかかっていました。

さらに当時は、社宅住まいで家賃が大幅にカットできていたこともあり、転職すれば年収は家賃補助も含めて200万円以上ダウンする見込み。「妻にも迷惑をかけてしまう」という思いが、彼の足を止めていました。

過去には「育成志向が強すぎる」と言われた葛藤もありました。
自分の大切にしたいものと、求められるものとのズレ。それを「自分が悪い」と受け止めてしまう癖が、このころのSさんにはありました。

パロ

「逃げ」という言葉は、自分で自分を追い込む一番きつい言葉です。
でも、しんどい場所から距離を取るのは、本来とても健全な判断。
この章のSさんの言葉に、少しでも「わかる」と思えたなら、あなたも十分がんばっています。

💬 ここでひと息:「逃げの転職」という思い込みについては、別記事でもっと深く掘り下げています。(関連記事「逃げの転職を肯定する」へのリンクは公開後にここへ)

第2章:価値観マップで見えた、本当の自分

転職活動と並行して、Sさんは自己分析に取り組みました。
これまでも自己分析をしたことはありましたが、今回は少し違ったといいます。

Sさん

これまでは自分のやりたいこと、大切にしたいことをメインで考えていました。でも今回は幼少期の経験から振り返ったことで、自分の「苦手なこと」「避けた方が良い環境」が明確になりました。

「やりたいこと」だけでなく「避けるべき環境」がわかる。これは、同じ失敗を繰り返さないための、とても大切な気づきです。

モチベーションが大きく下がった後に、上がる傾向が多かった点に気づきました。
自分は新しい環境に慣れる・適応するまでに時間がかかり、苦戦する傾向が共通していると。

自分のリズムを知ること。それは弱みを突きつけられることではなく、「自分の取扱説明書」を手に入れることでした。

振り返りの中では、やりがいの原点も見えてきました。学生時代、Sさんはフィットネスインストラクターとしてスタジオレッスンを担当していました。集まるのは同世代から70代まで、幅広い年齢の人たち。みんなが楽しそうに参加してくれる、その空気が大好きで、学生時代いちばんの思い出だといいます。

Sさん

仕事だけでなく、自分の一番のやりがいは「みんなが一体となって、楽しくしている場」を作ることなのかもしれません。

もう一つ、Sさんには思い込みがありました。

Sさん

自己PRとして、無意識に「自分1人でやれたこと」を出していかないといけないと思っていました。

実際のSさんには、こんな成果があります。新入社員研修で、配属前にOJTと新入社員の交流会を企画。同期どうしの関係づくりのために、毎日30分の振り返りと相互フィードバックをグループワークで続けました。

その結果、新入社員の離職・休職率は13%から、施策を導入した年は6%、翌年は4%へと下がっていったのです。


さらに、グループ会社の人事から「新入社員32名分、一人ひとりの所感を書いてほしい」と頼まれるほど、Sさんは一人ひとりの変化をよく見ていました。

それでも「1人でやったことではないから」と、彼はそれを強みとして語れずにいました。チームを動かし、人の成長に伴走できることも、れっきとした強みなのに。もったいない考えでした。

💬 ここでひと息:「強みが1人でやったことじゃないとダメ」という思い込みと、完璧主義・1人で抱え込む癖については、別記事で詳しく書いています。(関連記事「強みと1人抱え込み癖」へのリンクは公開後にここへ)

第3章:「自責思考」からの脱却

Sさんを長く縛っていたのが、「自責思考」でした。その源は、休職前の職場にありました。

Sさん

休職前、上司から「なぜできない」「周りが迷惑している」「自責で考えろ」と言われ続けていました。

「自責で考えろ」。一見、前向きな言葉に聞こえます。でも、すべてを自分のせいにし続ければ、人は壊れてしまいます。

Sさん

適応障害になったことも、自分がダメだったからと思っていました。

チャット相談の中で、Sさんは少しずつ別の視点に出会っていきます。

これまでの経緯を伝えたところ、「環境要因」が大きいことも認識するように、とアドバイスをもらいました。

自分のすべてが原因なのではなく、合わない環境が重なって起きたこと。
その視点は、Sさんの肩の荷を少しずつ軽くしていきます。

実際、Sさんが適応障害になった背景には、いくつもの要因が同時に押し寄せていました。前任者がおらず属人化したままの業務。さらに、結婚・引っ越し・初めての同居・通勤時間の延長といった私生活の大きな変化

それらが、ほぼ同じ時期に重なったのです。

Sさん

今では、交通事故に遭ったようなものだと思えるようになりました。いろんな要因が重なって起きたことで、自分にすべての原因があったわけではなかったんだと。

自分は「〜〜すべき」といった回答が多かったようで、「まずは整えることが重要」と何度も言ってもらいました。

「べき」を手放し、「整える」へ。言葉が変わると、心の張りつめ方も変わります。とはいえ、長年しみついた思考の癖は、そう簡単にはほどけません。Sさんも、何度も立ち止まりながら、少しずつ進んでいきました。

パロ

適応障害は、まじめな人ほどなりやすいと言われます。「自分のせい」と抱え込んでしまう人ほど、です。原因のすべてをあなた一人に背負わせる必要はありません。

💬 ここでひと息:「自責思考」からの脱却のプロセスは、別記事でじっくり書いています。(関連記事「自責思考からの脱却」へのリンクは公開後にここへ)

第4章:転職活動の壁を乗り越えて

自己理解が進んでも、転職活動そのものには壁がありました。とくにパロから「企業研究の浅さ」を指摘されたときは、こたえたといいます。

Sさん

自分の中では8割程度はできていると思っていました。でも、全く足りていなかったのでショックでした。

もし仕事をしながらの転職活動だったら、時間が限られている中でここまでの企業研究は難しかったと思います。

それまでのSさんは、とにかく応募数を増やすことに必死でした。けれど書類で落ち続けるうちに、「数を打つ」より「一社ずつ深く準備する」へと、やり方を変えていきます。企業研究を深め、面接では結論から話す。受け身で答えるだけでなく、自分からも質問して会社を見極める。少しずつ、手応えが変わっていきました。

💬 ここでひと息:Sさんは休職期間を使って一社ずつ企業研究を深められましたが、働きながらだと、ここまで時間をかけるのは難しいですよね。

もし「企業研究や書類づくりに一人で行き詰まっている」なら、転職エージェントを“情報源・壁打ち相手”として使うのも手です。リクルートエージェントは求人数No.1で「世の中にどんな仕事があるのか」を俯瞰する地図として、マイナビ転職エージェントは20〜30代の支援に強く面談が丁寧なので、応募書類の添削や企業情報の収集を手伝ってもらえます。Sさんのように「数を打つ」段階で消耗してしまう前に、第三者の目を借りるだけで遠回りを減らせます。

休職という時間を、Sさんは「自分とじっくり向き合う時間」に変えていきました。企業選びの軸も変わります。

企業理念と自分の価値観が重なる点の言語化を、メインに行いました。

そして、面接に臨む姿勢そのものが変わった瞬間がありました。

自分も選ぶ側であるという認識を持つこと。それが、これまでと「変わった」と感じたところです。

やがて内定が出ます。しかしそれは、手放しで喜べる条件ではありませんでした。

Sさん

家賃補助も含めると200万円以上も下がるため、お金の部分ではとても不安もありました。

安心と不安が同居する内定。ここからが、Sさんにとって本当の決断でした。

💬 ここでひと息:「選ばれる側」から「選ぶ側」へのマインドシフトは、別記事で深掘りしています。(関連記事「選ばれる側→選ぶ側へ」へのリンクは公開後にここへ)

第5章:年収200万円以上ダウンの会社を選んだ理由

Sさんの手元には、2つの選択肢がありました。
ひとつは「老舗の商社」。年収は今より高く、福利厚生も手厚い。ただし採用枠は管理職としてのもので、最短で翌春には本格的にマネジメントを担う前提。業務範囲も採用から面談、教育まで広く、少人数の組織でした。
もうひとつは「IT・通信業界の中堅企業」。こちらは年収が大きく下がるものの、入社後6ヶ月はメンターとチューターがつく育成期間があり、上司も日々こまめに声をかけてくれる環境でした。

Sさん

年収だけで考えた際は、商社の方が良かったです。

普通なら、年収の高いほうを選ぶでしょう。でもSさんは、自分の直感を信じることに決めていました。

実は、商社のオフィスを訪ねたとき、Sさんは「どこか、こもっている感覚」を覚えていました。管理職としての採用には、期待が高すぎるのではという戸惑いもありました。一方で、IT・通信業界の中堅企業では「殺伐としていない」「自分のテンションが上がる」と感じた。論理で比べても、直感で感じても、答えは同じほうを指していたのです。
「自分が大切にしている価値観に近く、まずは安心して働けそう」——その感覚から、最終的にSさんは「IT・通信業界の中堅企業」への内定承諾を決めました。

自分の直感を信じようと決めていました。

そして、奥様への伝え方にも工夫がありました。数字から入るのではなく、まず「目的」を共有したのです。

今回の転職の目的が「安心して長く働くこと」であることを伝えました。給与に関しても、将来的な要素も踏まえたうえで、長期的には良いことだと。

決め手になったのは、「同じことを繰り返さない」という強い意志でした。
実は、休職に至った経緯には不動産会社の人財開発に転職した時に自分のキャパ以上の環境を選択した事が要因でもあったので「同じことを繰り返さない」ことを大事にしました。

「だいぶ背伸びをすることになる」。年収だけで判断した際は、また同じことを繰り返すことになる、と思いました。

しかも調べてみると、入社後にひとつ上の等級へ上がれば、年収は商社の提示額と同じ水準になる見込みもありました。いま見えている差は、長く働きながら取り戻せる差だったのです。

目先の年収より、長く安心して働けること。それがSさんの出した答えでした。

💬 ここでひと息:年収ダウンの判断軸と、家族への伝え方については、別記事でくわしく書いています。(関連記事「年収ダウン転職の判断軸」へのリンクは公開後にここへ)

第6章:チャット相談という形式の価値

Sさんが伴走相手に選んだのは、対面ではなく、チャットでの相談でした。期間にして3ヶ月以上。最初は不安もあったといいます。

最初は対面でないことから、ちゃんとこちらの不安な点などが伝わるのか疑問でした。

けれど、実際に進めてみると、チャットならではの良さがありました。

Sさん

メリットは、お互いの時間を合わせなくて良いこと。そして、後から何度も見直しができることでした。

こちらが求めていること以上に、アドバイスをいただけました。

とくにSさんが「お守りになった」と振り返るのが、自分の変化を言葉にしてもらえたことでした。

Sさん

自分のフェーズが変わった時に、前と今でどういう状態になったかを言語化してくれました。そのおかげで、自分が変わってきていることを実感できました。

そしてSさんは、こうも振り返っています。

もし一人だったら、いち早く今の環境から脱出したいという想いで判断し、焦った選択をしてしまっていたと思います。

パロ

私がやっているのは、答えを与えることではありません。あなたの中にすでにある答えを、一緒に言葉にしていくこと。一人で抱えていると見えないものが、誰かと話すと不思議と輪郭をもつことがあります。

第7章:これから、新しいスタート

3ヶ月を経て、Sさんの言葉は変わりました。

長期的な目線での転職活動ができました。直感も大切にしながら、自分の価値観と照らし合わせたうえで、根拠も持って会社を選ぶことができました。

もちろん、不安がゼロになったわけではありません。

まずは半年以上仕事を休んでいたので、社会復帰できるか不安が大きいです。でも、自分が大器晩成型であることを自覚し、目先の成果だけにとらわれず、一歩一歩やっていきます。

最後に、同じように悩む人へ、Sさんはこんな言葉を残してくれました。

Sさん

自責思考になりすぎないこと。そして一番大切なことは、一人で抱え込まないこと。1歩目が、周りの人に相談することだと思います。

まとめ:Sさんの3ヶ月から学べる、転職で「納得」を掴む5つのこと

  • 「自責思考」は手放していい——環境要因も大きい
  • 「逃げの転職」じゃない——納得して選べる転職もある
  • 「強み」は1人でやったことだけじゃない——チーム成果も立派
  • 「年収」だけで判断しない——長期視点で考える
  • 「選ばれる側」から「選ぶ側」へ——焦りを手放す

そして、Sさんが最後に伝えてくれた言葉を、もう一度。

Sさん

一番大切なことは、一人で抱え込まないこと。1歩目が、周りの人に相談すること。まずは自分を知ってもらうことから始めてみてください。

一人で抱え込まなくて大丈夫です

「逃げの転職かもしれない」「年収が下がるのが怖い」「でも、このままではいられない」——もしあなたが今、Sさんと同じ場所に立っているなら。

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